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荻原規子先生×篠原監督 対談インタビュー連載 第3回!

RDGのアニメ化を記念して、原作者の荻原規子先生と篠原監督の対談インタビューを全3回でお届けします!

——美術の美しさも印象的ですが、ロケハンにも行かれたんですよね?
篠原:先生の小説は『RDG』に限らず、舞台の描写がすごく細かくて、 建物だったら家具とか造られている質感とか温度とかそこまで丁寧に書かれているので、そういうものを再現しようと思ったら、 ロケハンに行くことは自然な流れでした。おかげで僕は、あちこちに行けて楽しかったです。
——具体的にはどんなところへ行かれたのですか?
篠原:まず、熊野は泉水子の生まれ育った場所なので行きましたし、 先生が鳳城学園の地形的な部分のモデルにされたという高校にもお邪魔して、キャンパスを見学させていただきました。 あと、戸隠にも行きましたし、日帰りだと八王子城とか高尾山にも行きました。大体ひと通りは見て回りましたね。 アニメの鳳城学園は原作でも重要な舞台なので、どう描くかでかなり作品の空気感が変わるなと思いました。 そこが非常に怖い部分ではありますが、今のところ自分自身では間違っていないなと思いながら進めています。
荻原:アニメ映像ではまだ熊野の風景しか拝見していないんですけど、 すごい山奥感が出ていますよね。ロケハンの写真では木の写真がたくさんあって、 山奥の感じを出すためにこういうところを見てきたんだなと。それが第1話にちゃんと活かされ、泉水子の家も山奥という感じが出ていましたね。
——先生も過去に熊野を訪れたことがあるそうですね。
荻原:行きました。泉水子の家のモデルにした神社は本当に山奥にあるんですよね。
篠原:普通ではなかなか行けない場所ですね。
荻原:ものすごい奥地で、地元の人からも 「神様が呼んでくれた人しか辿り着けない」って言われているんですよ。だから、ロケハンの皆さんが行けたのは、 アニメにしてもいいっていう神様のお許しじゃないかと私は思っています(笑)。
篠原:よかった~。ちゃんとお守りも買ったきましたよ(笑)。でも、すごく雰囲気のある、いい神社なんですよね。
荻原:すごくいいところですよね。 あの山の高さで、あのくらい大きな杉が生えているのも、ちょっと不思議なことらしいです。昔は今よりも土地がもっと低いところにあって、杉ごと隆起したという説もあるんですよ。
篠原:あそこの杉は樹齢も何千年というレベルじゃないかと思いますね。 ところで、先生は作品のきっかけを、旅先で得ることが多いんですか?
荻原:小説のために行って「さぁ書こう」っていう感じではなく、 いつの間にか自分の中に積み重なってきた「旅先で得てきたもの」の影響が大きいですね。自分の中で熟成してきたものというか。 だから、大峯奥駈道(おおみねおくがけみち)の雰囲気も作品の中で使うまでには5年くらいかかりました。 旅先で知ったことをいろいろ調べて、つながったりまとまったりした何かが物語の“タネ”になるという感じで、行ってすぐ形になるわけではないですね。
篠原:以前拝見したインタビューでは、神仏習合(しんぶつしゅうごう)関連のものをいろいろと ご覧になって、宗教の在り方が明治以前は随分違ってたんだと知ったのが、作品のきっかけのひとつとおっしゃっていましたよね。 今回ロケハンに行った八王子神社も熊野の玉置神社も、調べたら神仏習合でした。
荻原:玉置神社は昔、修験場があったんですよ。だから本当はもっとたくさんのお堂や社、 お寺があったんですけど、今は神社しか残っていないんですよね。そう思って見ると、社務所の建物もお寺っぽいのがわかります。
篠原:とても風格がある建物でした。あと、かろうじて鐘楼が残っていたので、ここが寺だったのかとわかったくらいでしたね。
荻原:あれを見た時、今のように神仏分離が行われる前は、 寺と神社が一緒にあることは当たり前だったんだなと感じますね。熊野地方は、そういうものがたくさん残っているんですよ。 那智の滝のご神体と青岸渡寺(せいがんとじ)とが、同じ那智山にあって一緒にお参りできるというところですからね。 熊野へ初めて行った時、そういうことをものすごく実感して、修験道について調べ始めたんです。
——それは『RDG』を執筆される前ですか?
荻原:前の作品を書き終えた後に、初めて熊野に行きました。 前の作品の最後の舞台がイザナミの墓と言われる花窟(はなのいわや)神社だったので、やっぱり見ておかなきゃと思って一人で行った時に、 いろいろと感じたんです。同じ年の冬に友人5人くらいでレンタカーを借りて熊野から吉野まで抜けた時、大峯修験の総本山になっている 金峯山寺(きんぷせんじ)で本尊の秘仏がご開帳されていて、そこで「蔵王権現」像も見ました。すごい迫力でしたよ。 とても大きくて、どこの博物館にも持ち出せない像なので、本当に秘仏なんですよね。
——そういった体験の積み重ねが、作品に活かされるという感じなんですね。
荻原:あとからいろいろまとまってくる感じですね。 あっちに漂っているものや、こっちに漂っているものがまとまって、形になってくるような……和宮のように(笑)。
篠原:今、お話を伺っていて、わかるような気がしました。素材としてはバラバラなんだけど、それがある時、ひとつの作品になるという。
荻原:作品の要素って、バラバラにあるものなんですよね。 それとは別に「今度は学園モノが書きたいな」という気持ちもどこかにあったんです。 でも今は学園モノって山ほどあるので、私なりにユニークな学園を造るとしたら、どう造るだろうと。そういう発想もまとまってきた要素のひとつですね。
——そもそも荻原先生が作品創りに於いて、大切にされていることはなんですか?
荻原:私は自分が「こういう本が読みたいんだ」と思えるものしか書けないんですよ。 その気持ちに忠実なものしか書きたくないというか。意図的にファンタジーを書こうと思っているわけでもなく、 そういう作品がたまたま“ファンタジー”と呼ばれるものだったという感じです。心がどこか遠くへ飛べるもの。 目の前にあるものの奥に隠れた世界がある。そういう気持ちにさせてくれるものが、私にとっての読みたい本なんだろうなと。 実はいまだに自分が“小説”を書いているという気分がしなくて、“物語”を書いているという感覚なんです。 物語というのは「大昔にみんなに語り聞かせていたもの」で、ファンタジー自体その傾向が強いんですよね。 古い物語と同じ基礎を持っている人間ドラマが多いので、そこが私の興味をひく部分なんだと思います。
——監督はそんな荻原先生が書かれた『RDG』の原作を最初に読まれた時、どういった点に魅力を感じましたか?
篠原:キャラクターの細やかな心情ですね。自分に自信を持っていない二人が出会って、 ちょっとずつ距離を縮めて、最後は共に一歩を踏み出す。もちろんそれだけの作品ではないんですが、言葉にするのは難しいですね。 僕は『RDG』を5巻まで読んだ時、これを大人と子供の物語として捉えると、大人がいろいろ決めちゃったことを子供が突破する話という 見方もできるかなと思ったんです。それを先生とお会いした時に伝えたら、
先生は「子供たちの未来を創るために、大人たちが全力で支えている物語」と考えていらして。 その辺は6巻まで読むと顕著になるんですが、自分の読みはまだまだだったなぁと(笑)。でも、そういう意味では、 時代性も反映している作品ですよね。今は大人たちが自分のことしか考えなくなっていると感じる時代からこそ、面白く感じるんだと思いました。
——原作もアニメも含めて、『RDG』のどういった点に注目していただきたいと思われます
荻原:私としては、とにかく楽しんでもらえたらそれでいいですね。『RDG』は大きな枠をもつ舞台ですが、 小さな女の子の小さな一歩や変化が書きたかったので、そういう部分に付き合って、観ていただけると嬉しいなと思いますね。
篠原:アニメのサブタイトルを「はじめての~」にしたのは、あながち間違っていなかったっていうことですね。
荻原:私もそこはタイトルを見て、再発見したところです。 これは全部、泉水子の「はじめて」の物語だったんだなと改めて思いました。泉水子ちゃんは痛快なところがないので(笑)、 はじめはじれったいと思われるかもしれませんけど、渦中に置かれた女の子は、それをどう感じるのかっていうところに注目していただきたいですね。 アニメはキャラクターも背景もすごく綺麗なので、そこで“和”の良さも感じていただけたらいいなと思います。
——最後に、監督がアニメ『RDG』で目指している方向性とは?
篠原:僕としては、この作品では泉水子と深行の関係性も大切なポイントだと思っているので、 二人がこれから手をつないで歩んでいけるかっていうのが、ひとつの着地点じゃないかなと思っています。だから、泉水子と深行の物語を観ながら、 二人の未来がなんとなく想像できるような作品になってくれればいいですね。
——ありがとうございました。

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